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<title>土偶StaticRoute</title>
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<copyright>Copyright 2009</copyright>
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<title>酒井保 『自閉症の子どもたち 心は本当に閉ざされているのか』 / 治療者と教育者 / 自閉症症から「人」を見る</title>
<description><![CDATA[<p>ISBN-10: 4569617077 先日このブログに書いた<a href="http://dogu.no-ip.org/archives/2009/10/post_967.php">笠原嘉『精神病』</a>の感想にキノコ先生がコメントを下さって、<a href="http://dogu.no-ip.org/archives/2009/10/post_967.php">笠原嘉『精神病』</a>がおもしろいならこの本も読んでみるがよい。とおっしゃるので「喜んで！｣と読んでみた。</p>

<p>2001年出版とちょっと古めの本であるけど、長年自閉症の子どもたちと治療者としての立場でかかわって来た著者による、サブタイトルである「心は本当に閉ざされているのか」という問いに「自閉症」とは心を閉ざして人との関わりを拒否してしまったのではなく、心を開いて触れ合いたいけど他人が怖いから可防衛になっている状態と捉えたうえで、自閉症とは何が起こっているのか、どう接すればいいのか、という事について書いてある本であった。<br />
本来は自閉症児の親やら兄弟やら学校の人やら、自閉症児となんらかの関係者である人たちをメインターゲットにしているようであるが、自閉症とは何の接点もない私が読んでも、一気に全部読ませるだけのものを持つ全編が温かいトーンで貫かれた本であった。</p>]]></description>
<link>http://dogu.no-ip.org/archives/2009/11/post_984.php</link>
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<category>本</category>
<pubDate>Fri, 06 Nov 2009 23:03:53 +0900</pubDate>
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<title>木村敏　『異常の構造』 / 医学系というよりは哲学系 /博士の異常への愛情 </title>
<description><![CDATA[<p>ISBN-10: 4061157310 精神医学の本で、笠原嘉、中井久夫とくれば木村敏ということらしく、木村敏の中でなかなかに有名で面白いと評判の『異常の構造』を読んだ。1973年出版とかなり古い本である。</p>

<p>一応この人も笠原嘉、中井久夫同様に精神医学にかかわる人であるけど、読んでいてなんだか哲学書を読んでいるような感触であった。<br />
私の勉強不足であるのだが、この木村敏という人は精神医学者であるけど、時間論や関係論で人間の精神や精神医学について語る人で、ハイデガーなどと関連付けて言及されることも多いようだ。<br />
たしかに、笠原嘉や中井久夫の本とはまったく雰囲気の違う本で、「正常」と「異常｣についてひたすら根源的な問いを掘り下げてゆくような本であった。<br />
「正常」と｢異常｣や「合理性」と「非合理性」の概念を言語の意味で分解や分析したり、「一」と「全」の関係と自己の論理として展開するあたりは、もう哲学か言語学か或いは禅みたいな話であった。</p>]]></description>
<link>http://dogu.no-ip.org/archives/2009/11/post_983.php</link>
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<category>本</category>
<pubDate>Thu, 05 Nov 2009 19:17:26 +0900</pubDate>
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<title>高野文子『黄色い本　―ジャック・チボーという名の友人』</title>
<description><![CDATA[<p>ISBN-10: 4063344886 黄色好きの私だから、ということでもないが、<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4838706138/dogunoiporg-22/ref=nosim">『棒がいっぽん』 </a><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4592760166/dogunoiporg-22/ref=nosim">『絶対安全剃刀』 </a>に続いて高野文子の『黄色い本』の感想をば。<br />
<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4838706138/dogunoiporg-22/ref=nosim">『棒がいっぽん』 </a>から8年後の2002年に発売された彼女の本の中では最も新しいもので、2003年に第7回手塚治虫文化賞マンガ大賞を受賞しているらしい。</p>

<p>読む前に、何でも「読書体験を漫画化している」ということを聞いていて、いまいち意味が理解できなかったのだが、確かに読んでみると、これはもう確かに「読書体験そのものを漫画化している」としか言いようがない。<br />
ストーリーは、卒業間際の高校生が図書館から借りた<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4560070385/dogunoiporg-22/ref=nosim">『チボー家の人々』 </a>を読み進んでゆく日々の日常が主人公の少女の目を通して淡々と描かれているだけなのだが、長編小説に没頭する日々の小説内の世界とリアル世界との距離感や関わり、主人公をめぐる色々な事が暖かく表されていて、読書好き、特に純文学好きの長編小説好きにはグッと来る内容であった。<br />
そして、逆に本を余り読まない人にとっては、本好きが没頭して本を読むというのはこういう経験なのかというところがお分かりいただけるだろう。</p>]]></description>
<link>http://dogu.no-ip.org/archives/2009/11/post_981.php</link>
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<category>本</category>
<pubDate>Wed, 04 Nov 2009 19:27:20 +0900</pubDate>
</item>
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<title>ロフトでスポイトを買いそうになり、そして睨まれて「ぷぃっ！」とされる</title>
<description><![CDATA[<p>ロフトに行くたびに「スポイト」を買いそうになるのは一体なぜだろう？<br />
特に使う予定も無い、もしあれば何かの役に立つかもしれない、あっても邪魔になるわけでもない、限りなく手ごろな値段の、何処にでも売っているわけではない、それがスポイト。<br />
目的を持たない「物欲のイデア」が純粋な形で結実した結果、私の中で「スポイトを求める」として現実化するのだろう。</p>

<p>ロフトでとても太った女性がレジに並んでいて、見るとも無くぼんやり見ていたら、めっちゃ睨まれて「ぷぃっ！」とされた。<br />
「何や、感じ悪い人やなぁ」と思ったらその人は買うつもりらしい体重計を両手で抱きかかえるようにしてレジに並んでいたようだ。どうやら体重計を買うのが恥ずかしかったらしい。<br />
彼女は家に帰ってお風呂上りに今日買った単行本より少し大きいくらいの体重計に乗って深い溜息をつくのだろう。<br />
そう思った瞬間にちょっと胸がキュンとした。<br />
</p>]]></description>
<link>http://dogu.no-ip.org/archives/2009/11/post_982.php</link>
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<category>日記/雑記/妄談</category>
<pubDate>Tue, 03 Nov 2009 19:02:15 +0900</pubDate>
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<title>高野文子『絶対安全剃刀』 / 「ふとん」はこの世で最も美しいものの一つ、だと思う</title>
<description><![CDATA[<p>ISBN-10: 4592760166　最近、精神病だの自殺直前日記だのひきこもりだのとやたらとヘビーな内容のエントリが続いたので、ちょっとライトに、でも限りなく美しい漫画の紹介である。<br />
先日、高野文子の<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4838706138/dogunoiporg-22/ref=nosim">『棒がいっぽん』 </a>を読んで衝撃を受け、彼女の書いた単行本を全部買ったと書いた。<br />
とは言っても高野文子という人はキャリアのわりに寡作で全部で6冊しかないので集めやすくはあるのだが、その中のこの<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4592760166/dogunoiporg-22/ref=nosim">『絶対安全剃刀』 </a>は1982年に発行された彼女の初の単行本である。</p>

<p>この本は彼女の1977年から1981年までに発表された一作ごとにタッチが違う17作品で構成されている。どの作品もなんとも言えない雰囲気を持っているのだが、私は「ふとん」という作品が飛びぬけて尋常じゃなく大好きである。<br />
登場人物である「少女」と「観音」の会話、「少女」が「観音」に酌をするシーン、どのコマどの台詞をとってもすべて美しい。とてつもなく変なところにヒットして刺激するような美しさである。この『絶対安全剃刀』の「ふとん」はこの世の中で最も美しいもののひとつであると言っても良いと思う位である。</p>]]></description>
<link>http://dogu.no-ip.org/archives/2009/11/post_980.php</link>
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<category>本</category>
<pubDate>Mon, 02 Nov 2009 21:59:01 +0900</pubDate>
</item>
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<title>山田花子『自殺直前日記 完全版』 / 自殺企図への抑止力</title>
<description><![CDATA[<p>ISBN-10:4872334191 ネットを見ているとひきこもり系の人々がこぞって我が事のように語り、コアな人気と共感でもって語られることの多い、山田花子の『自殺直前日記 完全版』を読んだ。<br />
24歳の若さで自殺して死んでしまったマイナー漫画家の山田花子の自殺する前日までの日記やメモをその父親が出版したのが1996年で、その後1998年に出版された「完全版」では新たに発見された日記と、読者からの手紙が追加されている。<br />
表紙には葬式の棺桶の写真やら棺桶越しの顔写真まで載っているというなんともぷっとんだ装丁である。<br />
娘が自殺した父親の気持ちってのはもう完全に想像力の範囲外にあるけど、所々に現れる父親の文章は何とか世界に絶望して詩を選んだ娘をとにかくどんな形でも世界に知らしめたいという気持ちがひしひしと伝わってくる。<br />
年間三万人いる自殺者のなかで自殺者の一人に過ぎない山田花子という人物は氷山の一角どころか大河の一滴に過ぎないのだろうが、彼女のような人格が現在の自殺者のある種の典型の一つとして捉えられているのはこの本の影響が大きいのだと思う。<br />
実際、私は山田花子の漫画を読んだことがないのに、ある種のカリスマとしてこの名を知っているのはこの本のおかげであるだろう。</p>]]></description>
<link>http://dogu.no-ip.org/archives/2009/11/post_978.php</link>
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<category>本</category>
<pubDate>Sun, 01 Nov 2009 16:15:25 +0900</pubDate>
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<title>梨木 香歩 『西の魔女が死んだ』/ 女の子的冒険物語 / ターシャ・テューダー解釈 / ひきこもりへの分かれ道  / 反『シンセミア』的物語</title>
<description><![CDATA[<p>ISBN-10: 4101253323 梨木 香歩 『西の魔女が死んだ』を読んだ。<br />
ネットであろうが周りであろうが、どこを見てもこの本を褒める人ばかりでこれをけなすのは人の道に外れるような空気が漂っている。これは「千と千尋の神隠し」の時の空気と似ているような気がする。<br />
一応この本は出版当初は「児童文学」だったはずである。それが売れに売れて映画化までされて一般文学のような扱いになっているということであろう。<br />
確かに本の中に出てくる人物や設定やストーリーや単語はわかりやすくはっきりしており、確かに子供に向けて書かれたのだという印象を受ける。<br />
この 『西の魔女が死んだ』が児童文学としてすばらしいのはよくわかる。しかし、子供の文学は子供が読んで感じたり考えるべきものであって、子供を差し置いて大人中心にうだうだいうものではないはずである。<br />
子供がこの本を読む前に、この本を一般的な文学として読んだ私のようなおっさんの書いた、ひねくれにひねくれた感想を読んでしまえばどうなるだろう。<br />
子供がある本を読む前に大人によって変な先入観を植え付けられるのは、その本がよい本であればあるだけよくないことであるだろう。この本で素晴らしいとされることが受け付けられないと感じる個性もあってしかるべきである。</p>

<p>本来児童文学であったものを大人向きの文学として扱うことは、私のようなひねくれた人間に変な読み方をされる恐れが十分にある。<br />
以下でこの 『西の魔女が死んだ』を最高の悪意でもってひねくれにひねくれた感想を述べればどうなるかの実例を示してみたいと思う。</p>]]></description>
<link>http://dogu.no-ip.org/archives/2009/10/post_977.php</link>
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<category>本</category>
<pubDate>Sat, 31 Oct 2009 19:03:38 +0900</pubDate>
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<title>『ひきこもりの家族関係』 / 斎藤環のマジメさが逆にわかった</title>
<description><![CDATA[<p>ISBN-10: 4062720558 ひきこもり本として斎藤環のものばかり読んでいたので、ちょっとほかの人の本も読まねば、ということでそこそこ評価の高いようである田中千穂子『ひきこもりの家族関係』を読んだ。<br />
この人はセラピスト的心理療法家ということで、立場的には斎藤環に近く、精神科医ではない。この本の趣旨として「ひきこもりという状態像の実態を解明する、あるいは概説をする、とうことでも、対処のための攻略本でもない」と言い切って、ひきこもり問題を人間存在の原点にかかわる深刻な問題で、現代の家族関係のコミュニケーションのズレの象徴として、関係性の再生とそのための問題定義と捉えて話を展開している。</p>

<p>著者が女性であるせいか、この本の具体例として登場するのは彼女のクライアントである女性のひきこもりの話がほとんどである。<br />
しかし実際にはひきこもり現象はほとんど八割が男性の場合だといわれており、たしかにひきこもり女性はひきこもり男性とはだいぶ印象が違うように思えた。<br />
しかしこれら女性の事例ばかりを集めたのは、特殊な事例としてのひきこもり女性についての話としてならば納得できるが、ひきこもりとしては特殊な事例ばかりを扱ったということになってしまい、ひきこもり一般としての資料的価値と意義はあまり無いように思うのだがどうなのだろう？</p>]]></description>
<link>http://dogu.no-ip.org/archives/2009/10/post_976.php</link>
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<category>本</category>
<pubDate>Fri, 30 Oct 2009 22:51:35 +0900</pubDate>
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<title>『私がひきこもった理由』 / ひきこもりはカオスであることを知る本/ リアルひきこもりブッダ</title>
<description><![CDATA[<p>ISBN-10: 4893083988 私の敬愛する<a href="http://ponchi-blog.cocolog-nifty.com/blog/">勝山実氏</a>がインタビューに答えているということで『私がひきこもった理由』を読んだ。2000年出版と結構古い本である。<br />
この本は15人のひきこもり経験者や実践者の諸氏がインタビューに答える形で自分語りをする体裁になっているのだが、期待していた勝山実氏のインタビューは期待していた方向には面白くなかった。それでも現在「ひきこもり名人」「ひきこもりブッダ」の境地にいる彼に、過去にああいった修羅場フィールドに囲まれていた時代があったというのは驚きである。「ひきこもり名人」は最初から「ひきこもり名人」なのではなく、さまざまな修羅場と修行を潜り抜けた先に戦士の魂が眠るというヴァルハラのごとく見えてくるものであるということか。</p>

<p>この本にいる15人の人たちは多種多様の環境から多種多様の原因があったりなかったりして同じ「ひきこもり」状態に陥った。<br />
ここに何かしらの共通点を見つけることは確かに可能なような気がするけど、それをいれば全ての人間に当てはまってしまうのではないだろうか、結果、ひきこもりは誰にでも起こってしまう要因をはらんでいると結論付けるしかないように思えた。ケーススタディではなくカオスであることを知るのである。</p>]]></description>
<link>http://dogu.no-ip.org/archives/2009/10/post_975.php</link>
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<category>本</category>
<pubDate>Thu, 29 Oct 2009 19:17:55 +0900</pubDate>
</item>
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<title>笠原嘉 『軽症うつ病』 / ゼロからわかる「軽症うつ病」だけに留まらない深度</title>
<description><![CDATA[<p>ISBN-10:4061492896 最近お気に入りの人である笠原嘉の『軽症うつ病』を読んだ。ピンからキリまで、ちゃんとしたものからトンデモまで、世の中にいくらでもある「うつ病」に関する本の中では正統派の王道としてなかなかに評判が高い本のようである。<br />
精神医学系の本というのは一般的には人気があっても臨床や治療の現場ではまったく役に立たないものが多いというけど、この本はうつで病院に行った時に医者から薦められることも多いらしく、一般的にも専門家からも評価の高い本ということになるだろう。</p>

<p>「うつ病」が起こるのは脳に原因があるものと心理的な悩みから起こるもの、そしてわけもなくある日に突然スイッチが入るような「内因性のゆううつ」があるらしく、この本では主に最後の「内因性のゆううつ」に端を発する、本の題名である「軽症うつ病」について書かれている。<br />
「軽症うつ病」というとちょっとしたライトなプチうつな印象を受けるけど、何とか日常生活は可能でありながらも他人には病気と見えないだけに、常に真綿で首を絞められてゆくような、本人にとっては一番つらい状態であるようだ。</p>]]></description>
<link>http://dogu.no-ip.org/archives/2009/10/post_973.php</link>
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<category>本</category>
<pubDate>Wed, 28 Oct 2009 21:11:00 +0900</pubDate>
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<title>グレン･グールド 「バッハ:フーガの技法、インヴェンションとシンフォニア 」</title>
<description><![CDATA[<p>ASIN: B00005HMOW 久しぶりに音楽のエントリを。<br />
最近やたらとバッハが好きになってひたすら聞きまくっており、私の大好きな<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B00005HMOW/dogunoiporg-22/ref=nosim">グレン･グールドが演奏する「フーガの技法、インヴェンションとシンフォニア」 </a>が気に入っている。<br />
グールドはフーガの技法をオルガンで、そのほかをピアノで演奏しているのが、グールドのオルガン演奏はちょっとレアな気がする。</p>

<p>しかし、バッハが楽器を指定していない「フーガの技法」であえてオルガンで演奏するところがグールドらしくひねくれていて良い。しかも、バッハのオリジナルの譜ではなくツェルニー校訂によるピアノ譜で弾くうえに、このおかしなオルガンの音は単に録音と音質が悪いだけかと思ったら、わざとこういう風に録音しているらしいという、念には念を入れたひねくれ度合いである。<br />
演奏方法もとてもオルガン演奏とは思えないらしいのだがそのあたりは私には良くわからない。<br />
「モーツァルトの悪い部分を直しながら弾いてやっている」と豪語するモーツァルト嫌いのグールドが、彼が好きな音楽の父たるバッハの残した辞世の曲をあまりにもひねくれた趣旨で弾いているのはどういつもりなのだろうか?</p>]]></description>
<link>http://dogu.no-ip.org/archives/2009/10/post_974.php</link>
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<category>音楽</category>
<pubDate>Tue, 27 Oct 2009 19:11:50 +0900</pubDate>
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<title>笠原嘉『ユキの日記　病める少女の20年』 / 戦う少女の20年 / 逃げないカトリックはよく訓練されたカトリックだ</title>
<description><![CDATA[<p>ISBN-10: 4622051370 なんやかんや言いながらもとても気に入った笠原嘉であるが、彼のの編集した<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4622051370/dogunoiporg-22/ref=nosim">『ユキの日記　病める少女の20年』 </a>を読んだ。<br />
この本は20歳で統合失調症を発症して28歳で心不全で死亡した「ユキ」なる女性の残した8歳から20歳までのノート60冊にも及ぶ膨大な量の日記を、彼女の統合失調症の最後の主治医であった笠原嘉が両親から見せられてとても感動し、編集しなおして出版したものである。<br />
笠原嘉はこの本を、統合失調症を発症した女性のはるか過去まで遡った詳細な記録として「病跡学」の稀有な資料としての存在意義を世に示しているが、彼個人としては高い文学的価値を認めたことがその出版に対する直接的な動機だとこの本で語っている。<br />
初版が出版されたのが1978年であるけど、2002年に新装版が出ていることからもこの本の人気と価値がわかるような気がする。<br />
家族に出版の承諾をもらってから、選出と編集を経て出版に至るまであえて十年以上を費やしたように、この本は非常に時間とエネルギーをかけて出版された。確かにそこまでしてこれを世に出したいという気持ちを抱くに値する本であったと思う。</p>]]></description>
<link>http://dogu.no-ip.org/archives/2009/10/20_2.php</link>
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<category>本</category>
<pubDate>Mon, 26 Oct 2009 19:55:17 +0900</pubDate>
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<title>中井久夫『最終講義　分裂病私見』 / 「統合失調症」を題材にした人間肯定の書</title>
<description><![CDATA[<p>ISBN-10: 4622039613 統合失調症本の第二弾ということで中井久夫の『最終講義　分裂病私見』を読んだ。<br />
この中井久夫という人は、ウィルス学から精神科に転向した、統合失調症を専門とする精神科医で、阪神大震災後に設立された兵庫県こころのケアセンターの初代所長でもある。<br />
また、精神科医としてだけでなく、現代ギリシャ詩人カヴァフィスの全詩集翻訳によって読売文学賞受賞を受賞したくらいの、文学者としても名高い人であり、精神科医のカリスマともいうべき人であろうか。</p>

<p>この本はその中井久夫が神戸大学医学部を退官するときの最終講義を本にしたものである。<br />
エラい先生の「最終講義」ってのはほとんどの場合何かしらのイベント的要素を含んだ外部向けの講義になるわけで、本来は精神医学の専門家して高度な授業をしてきたはずの著者は、この『最終講義』で彼の専門である「統合失調症」について一般向けの講義を行っているような体裁になっている。<br />
この講義中、本来ならプロジェクターに投影された図や表をもとに詳しく説明する予定だったものが、会場が暗くて原稿が読めないので、彼はプロジェクターに表示されるものを手がかりにして思うがまま口に出るがままを語ったという。<br />
そして、それこそがこの本の中に登場する様々な素晴らしい比喩やエピソードや言葉を引き出す要因になったのだろうと感じさせるものがある。</p>]]></description>
<link>http://dogu.no-ip.org/archives/2009/10/post_971.php</link>
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<category>本</category>
<pubDate>Sun, 25 Oct 2009 13:35:58 +0900</pubDate>
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<title>バッハとガスガン、そして怪しい私</title>
<description><![CDATA[<p><span class="photo"><a href="http://dogu.no-ip.org/archives/img/p226norail00.jpg" rel="lightbox[EntryImg]" title="レールなしマルイP226"><img alt="p226norail00.jpg" src="http://dogu.no-ip.org/archives/img/p226norail00-thumb.jpg" width="140" height="104" /></a></span>最近やたらとバッハがお気に入りで、もうバッハばかり聞いている。<br />
天気が良かったので部屋の掃除中をしながらグレン・グールドのインヴェンションとシンフォニアを大音量で聞いていたのだが、部屋に転がっているBB段を拾っているとガスガンが撃ちたくなってきて部屋の壁に取り付けられた的を「ガガッ！ガガッ！」と機嫌よくダブルタップで撃っていたまでは良かった。<br />
ワンマガジン撃ちつくしてスライドストップがかかって、ふと視線を感じて窓から下を見下ろすと家の裏に向かって全開にしていた窓越しに、ぽかんとした顔で私を見る見慣れない若夫婦と目が合ってしまった。どうやら家の裏に引っ越してきたようだ。<br />
お互い慌てて会釈を交わしたものの、ブローバックするガスガンに大音量のグールドのバッハ、絶対怪しい人やと思われてるやろうなぁ。<br />
いや、怪しい人に思われる、じゃ無くって怪しい人そのものか…確かにはたから見たら怪しいのは自分でも認める…ワグナーとかよりバッハのクラヴィーア曲のほうがある意味で怖い。<br />
後から引越しの挨拶に来られたらしいのだが、さぞかし怖かったに違いない。</p>

<p>引っ越してきて早々にこれで、えらいところに引っ越して来たなぁと思ってるやろうなぁ…気の毒なことした。と思った土曜日であった。</p>]]></description>
<link>http://dogu.no-ip.org/archives/2009/10/post_972.php</link>
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<category>趣味</category>
<pubDate>Sat, 24 Oct 2009 17:09:53 +0900</pubDate>
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<title>高野文子『棒がいっぽん』 / 「表現」のたどりつく一つの極</title>
<description><![CDATA[<p>ISBN-10: 4838706138  最近同じ職場の某氏に色々と漫画を借りて読んでいるのだが、衝撃的だったものを一つ。高野文子の『棒がいっぽん』である。<br />
この漫画は色々なところに発表された短編を集めたもので、ストーリー漫画性は全くといって良いほど無い短編集なのであるが、これを読んで漫画を含む「表現」というものでここまでのことが出来るのかととてつもなく驚いた本である。</p>

<p>この『棒がいっぽん』の中ではネット上で評判を見るに「奥村さんのお茄子」がダントツに評判が良いようだが、私にとっては「美しき町」と「私の知ってるあの子のこと」が衝撃的に素晴らしかった。<br />
大恋愛や激しい欲求とは程遠い、お見合い結婚をして時に他人に振り回されながらも淡々と静かに平和に穏やかに同じ価値を共有して暮らす二人の夫婦の揺ぎ無い幸せを描く「美しき町」、何の問題も無い幸せな家庭に育つ少女の、問題児というマイノリティーへの憧れと、そのマイノリティーを少し理解する瞬間の心の揺れを描く「私の知ってるあの子のこと」、どちらも余りにも微妙でしかも美しい非言語領域を見事に表現していて素晴らしい。</p>]]></description>
<link>http://dogu.no-ip.org/archives/2009/10/post_970.php</link>
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<category>本</category>
<pubDate>Fri, 23 Oct 2009 23:08:04 +0900</pubDate>
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