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<title>土偶StaticRoute</title>
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<language>ja</language>
<copyright>Copyright 2009</copyright>
<lastBuildDate>Tue, 17 Nov 2009 20:18:03 +0900</lastBuildDate>
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<title>東の小悪魔（直接的な意味で）が逮捕された / 「直接的な意味で」の弁論術</title>
<description><![CDATA[<p>先日<a href="http://news.google.co.jp/news/search?um=1&cf=all&ned=jp&hl=ja&q=%E5%A9%9A%E6%B4%BB%E3%82%B5%E3%82%AE">婚活サギというかもうほとんど婚活殺人</a>の話をしていて、もうこれは歴史に残るレベル、小悪魔とか悪女とか可愛いもんじゃなくて、直接的な意味で小悪魔で悪女やな。<br />
などと話していたのだが、なんでも人やものを比喩的に表す言葉の前や後ろに括弧でくくったりして「直接的な意味で」とつけると凄く馬鹿にしているような気がする。</p>

<p>たとえば、「彼女は直接的な意味で小悪魔である」を筆頭に「彼は危険なオトコなの（直接的な意味で）」「あの女性は直接的な意味で妖精のようだ」「あの人はまるでトトロのようだわ（直接的な意味で）」<br />
となると言われた本人は腹立つやろうなぁ…<br />
一般的には肯定的な意味での比喩的表現として使われる言葉を、逆に直接的表現として否定的な意味合いを持たせて使うというのは、なかなかにハイレベルな弁論術だと思った。</p>]]></description>
<link>http://dogu.no-ip.org/archives/2009/11/post_990.php</link>
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<category>日記/雑記/妄談</category>
<pubDate>Tue, 17 Nov 2009 20:18:03 +0900</pubDate>
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<title>ネタバレの惑星の黄色いハンカチ (ネタバレ映画パッケージその2 )</title>
<description><![CDATA[<p>ASIN:B000NIVIXM 先日レンタル屋さんでDVDを見ていたら、ストーリーの説明からオチの説明までが記載されている壮大なネタバレパッケージである<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B000YDBVBU/dogunoiporg-22/ref=nosim">「幸福の黄色いハンカチ」 </a>を見つけて驚き、これはぜひとも報告しなければ！と、<a href="http://dogu.no-ip.org/archives/2008/03/post_639.php">そのこと書いたのだが</a>、今度はアマゾンを見ていたらまたネタバレパッケージを見つけた。</p>

<p>「<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B000NIVIXM/dogunoiporg-22/ref=nosim">猿の惑星 </a>」のパッケージであるが…いかがなものだろう。<br />
今までこの映画を見たことない人がこのパッケージを見て「自由の女神がどうしたって？」と見始めて、最後のシーンでどう思うのだろうか…うーん。<br />
ネタバレの惑星やねこれは…</p>]]></description>
<link>http://dogu.no-ip.org/archives/2009/11/2_2.php</link>
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<category>映画</category>
<pubDate>Mon, 16 Nov 2009 22:43:24 +0900</pubDate>
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<title>押入り漬物店員 / バイオレンスな夢</title>
<description><![CDATA[<p>久しぶりにストーリと脈絡のある夢を見た。</p>

<p>奥の部屋に入ると、怪しい男がいた。<br />
男はこっちを見ると「漬物屋です！電話借ります！」といって電話をどこかにかけている。<br />
いかにも怪しく、空き巣だと確信したので、窓を開けて「警察呼んでください！！泥棒です！！」と叫んだ。<br />
それを聞いた男は受話器を置いて振り向き、憤怒の形相で「漬物屋やって言ってるやろ！！」と叫び、左手で胸倉をつかもうと手を伸ばしてきた。<br />
とっさに左手で相手の左手首をつかみ、体を開きつつ右手の脇で相手の肘を極め、床に倒しつつ脇固め。完璧に極まった。<a href="http://www.youtube.com/watch?v=FVO4yIgcfzk">動画で見ると大体こんな感じ。</a><br />
男は動けないながらもやたらと叫ぶので「黙らんと折るよ、警察が来るまでじっとしてろ」と言ってみる。<br />
男は苦しみながらも「漬物屋や言ってるやろ！折れるもんなら折ってみろ！！漬物屋やって！漬物屋！！」と言って一向に黙らないので、腕はちょっとあれやし指にしとくか、と相手の中指をつかんで思いっきり捻って逆に曲げてみる。<br />
バキバキ言うた上に男の痛がりっぷりが凄いのでどうやら折れたっぽい。<br />
男は滅茶苦茶に叫びだして「痛い！！おとなしくするから離してくれ！」と懇願するので、「絶対抵抗しない？」と聞き、男が逃げたり抵抗したりしないと約束したので腕を離す。<br />
男は立ち上がって折れた指を痛がっていたけど、やおら右手で胸ポケットから何かを出した。どうやら飛び出しナイフっぽい。</p>]]></description>
<link>http://dogu.no-ip.org/archives/2009/11/post_989.php</link>
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<category>日記/雑記/妄談</category>
<pubDate>Sun, 15 Nov 2009 13:54:36 +0900</pubDate>
</item>
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<title>鶴見済『人格改造マニュアル』 / 以外に真面目な本 / 一切皆苦へのひとつの回答</title>
<description><![CDATA[<p>ISBN-10: 4872333098 私の敬愛する<a href="http://ponchi-blog.cocolog-nifty.com/blog/">勝山実氏</a>の推薦図書である鶴見済著『人格改造マニュアル』を読んでみた。著者の鶴見済という人はかの有名な<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4872331265/dogunoiporg-22/ref=nosim">『完全自殺マニュアル』 </a>を書いた人でもある。<br />
この本は1993年に出版された<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4872331265/dogunoiporg-22/ref=nosim"> 『完全自殺マニュアル』 </a>の三年後である1996年に出版と結構古い本であり、人間の人格を「明るい⇔暗い」、「元気・覚醒⇔落ち着く」の極に分けた上で、「明るく覚醒」「元気」「落ち着く」と自分の望む方向に自分の人格をコントロールするための、薬、ドラッグ、洗脳、サイコセラピー、心理療法、電気ショックなどの、様々な方向からの方法を効果と方向性と副作用や持続時間、それらを手に入れる方法など共に紹介している。</p>

<p><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4872331265/dogunoiporg-22/ref=nosim"> 『完全自殺マニュアル』 </a>は当時異様に話題になったのでほとぼりが冷めてから古本屋で二束三文で売られているのを買って読んだ記憶があるけど、この本は未読であった。本来なら完全にスルーするような本であるけど、勝山実氏の推薦図書であるということで読んでみた。そして、勝山実氏が推薦するだけあって、なかなかに面白かった。</p>]]></description>
<link>http://dogu.no-ip.org/archives/2009/11/post_988.php</link>
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<category>本</category>
<pubDate>Thu, 12 Nov 2009 22:06:49 +0900</pubDate>
</item>
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<title>パンクも一日二回ではびっくりでござる / 雨に走れば / 自転車に乗ろう</title>
<description><![CDATA[<p>昨日は夕方から雨らしいということを聞いていたので雨用自転車で出勤した。<br />
以前から雨用自転車のタイヤのサイド部分がほつれて来ていて「そろそろタイヤ買い替えやなぁ」と思っていたのだが、出勤前に見たらほつれる程度だったものがすでに少し裂けており、ほとんど中のチューブが見えるくらいになっていた。<br />
「これはやばいなぁ」と思いながらも、まぁ一日くらい大丈夫やろうと高をくくってその雨用マウンテンに乗っていったら、急激なブレーキング中に「ぷしゅー」と力の抜けるような音、案の定職場までの道半ばでパンクした。<br />
あーやっぱりーとガックシしながら、道端でチューブ交換する。通学途中の女子中学生に胡散臭そうな目で見られ、集団登校の小学生の群れと暇そうなおばあちゃんにやいのやいの言われて慈愛の微笑を返しつつ心の中で「うるせー！！」と叫ぶ。<br />
ロスタイム五分で職場までこぎつけ、帰りは帰り道の自転車屋さんで新しいタイヤを買って帰ろうと決心する。<br />
そして仕事後、雨降る帰り道にまたしてもパンク、出勤時、もしくは帰宅時にパンクしたことはあるけど、行きと帰りの二回パンクしたのは始めてである。予備チューブがないので雨の中自転車を押しながらいつも行く自転車屋さんになんとか閉店間際に到着した。</p>]]></description>
<link>http://dogu.no-ip.org/archives/2009/11/post_987.php</link>
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<category>趣味</category>
<pubDate>Wed, 11 Nov 2009 20:33:14 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>サウンド・オブ・ネコ / ニャーの歌</title>
<description><![CDATA[<p>先日「猿の惑星」の猿をネコに入れ替えて「ネコの惑星ニャー」とでもすれば和み系映画になるという<a href="http://dogu.no-ip.org/archives/2009/07/post_929.php">ことを書いた</a>が、その「ネコの惑星ニャー」の話をしていて、「サウンド・オブ・ネコ」という映画はどうだろうということになった。<br />
ストーリーは、拾われてきたネコが厳格な父の元で殺伐としていた家庭を和ませるも、忍び寄るナチスの影に家族はスイスへの亡命を決意する。<br />
入念な計画の後、逃亡するために家を出た瞬間に家族はナチスの親衛隊に囲まれる。<br />
絶体絶命のピンチにネコバスに変身した拾われてきたネコが現れ、ナチス親衛隊をネコキックとネコパンチのうえズタズタに食い殺し、家族を乗せて「ニャーの歌」を歌いながら血まみれでアルプスを越える。</p>

<p>「ド」はドーナツのニャー<br />
「レ」はレモンのニャー<br />
「ミ」はみんなのニャー</p>]]></description>
<link>http://dogu.no-ip.org/archives/2009/11/post_979.php</link>
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<category>日記/雑記/妄談</category>
<pubDate>Tue, 10 Nov 2009 23:38:59 +0900</pubDate>
</item>
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<title>笠原嘉　『青年期―精神病理学から』 / 青年期は罠だらけ / 若者よりもオッサンオバハンが良い</title>
<description><![CDATA[<p>ISBN:4121004639 先日当ブログにコメントをいただいたhappyflightboyさんが若いころに読まれたらしい、笠原嘉『青年期―精神病理学から』が面白そうだったので読んでみた。<br />
タイトルのとおり「青年期」と呼ばれる時代に特有の青年に特有な心の動きを精神病理学の立場から見て陥りがちな罠や疾病状態を示しつつ「青年期」を分析し概観する本で、「内なる対人恐怖」「我が身体との出会い」「現代のオブローモフたち」「アクティングアウト」「出立の病・分裂病」「青年VS成人」という6 つの章から成りたっている。</p>

<p>1977年出版と古い本であり、中で述べられている現代の若者として語られる若者像は少し古いが、著者の世代から見た私の親が若者だった世代の若者像は古いながらもリアルに感じられて、私が若者だった世代、そして今若者である世代と変化してゆく部分と、逆に全く変わらない若者特有の部分がより浮き彫りになっているように思えた。<br />
一応「青年期」を精神病理学の立場から見た、あくまで医者の立場として解説している本であるはずが、最後の章では著者が教師の立場で立ち会った学園闘争に関係する学生についてほとんど個人的な感想としかいえない論調で語っているのがとても意外で面白かった。</p>]]></description>
<link>http://dogu.no-ip.org/archives/2009/11/post_986.php</link>
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<category>本</category>
<pubDate>Sun, 08 Nov 2009 22:51:59 +0900</pubDate>
</item>
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<title>スコーピオンを買った / 一人武装グループ / 走ってゆくどこまでも</title>
<description><![CDATA[<p><span class="photo"><a href="http://dogu.no-ip.org/archives/img/vz6101.jpg" rel="lightbox[EntryImg]" title="VZ61 スコーピオン"><img alt="vz6101.jpg" src="http://dogu.no-ip.org/archives/img/vz6101-thumb.jpg" width="140" height="104" /></a></span>興味の無い人にはとことん「知らんがな」な話で恐縮であるが、マルゼンのガスブローバック、「VZ61スコーピオン」を衝動買いした。</p>

<p>実銃はチェコスロバキアのČZ社による9mmパラよりも小さい.32ACP弾を使うクローズド・ボルトのシンプル・ブローバック方式のマシン・ピストルであり、このマルゼンのガスガンはガス圧でのシンプルブローバックに近いクローズドボルト方式といえるだろう。<br />
初めてガスブローバックのフルオートというものを買ったのだが、装弾数30のマガジンを二秒足らずで撃ち尽すサイクルの早いブローバックはたまらん。<br />
もう気が向いたらバリバリ撃ちまくっているので、部屋中BB弾だらけである…裸足で踏むと結構痛い。<br />
これこそ近所の人に見られないようにせんとなぁ…</p>

<p><span class="photo"><a href="http://dogu.no-ip.org/archives/img/fullauto.jpg" rel="lightbox[EntryImg]" title="うちまくり"><img alt="fullauto.jpg" src="http://dogu.no-ip.org/archives/img/fullauto-thumb.jpg" width="120" height="90" /></a></span>不肖土偶は、一人武装グループとして、見えない治安部隊と日夜戦っているのであります。そう、<a href="http://dogu.no-ip.org/archives/img/fullauto.jpg" rel="lightbox[EntryImg]" title="丸山氏画像">画像の丸山氏のように(画像をクリックで拡大)</a></p>

<p>ってこの画像を載せたいがためにこのエントリを書いたような気もする…</p>

<p>見ない治安部隊に向かって♪見えない銃を撃ちまくる♪本当の声を教えておくれよ♪<br />
土偶土偶走ってゆく♪土偶土偶どこまでも♪</p>]]></description>
<link>http://dogu.no-ip.org/archives/2009/11/post_985.php</link>
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<category>趣味</category>
<pubDate>Sat, 07 Nov 2009 15:37:51 +0900</pubDate>
</item>
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<title>酒井保 『自閉症の子どもたち 心は本当に閉ざされているのか』 / 治療者と教育者 / 自閉症症から「人」を見る</title>
<description><![CDATA[<p>ISBN-10: 4569617077 先日このブログに書いた<a href="http://dogu.no-ip.org/archives/2009/10/post_967.php">笠原嘉『精神病』</a>の感想にキノコ先生がコメントを下さって、<a href="http://dogu.no-ip.org/archives/2009/10/post_967.php">笠原嘉『精神病』</a>がおもしろいならこの本も読んでみるがよい。とおっしゃるので「喜んで！｣と読んでみた。</p>

<p>2001年出版とちょっと古めの本であるけど、長年自閉症の子どもたちと治療者としての立場でかかわって来た著者による、サブタイトルである「心は本当に閉ざされているのか」という問いに「自閉症」とは心を閉ざして人との関わりを拒否してしまったのではなく、心を開いて触れ合いたいけど他人が怖いから可防衛になっている状態と捉えたうえで、自閉症とは何が起こっているのか、どう接すればいいのか、という事について書いてある本であった。<br />
本来は自閉症児の親やら兄弟やら学校の人やら、自閉症児となんらかの関係者である人たちをメインターゲットにしているようであるが、自閉症とは何の接点もない私が読んでも、一気に全部読ませるだけのものを持つ全編が温かいトーンで貫かれた本であった。</p>]]></description>
<link>http://dogu.no-ip.org/archives/2009/11/post_984.php</link>
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<category>本</category>
<pubDate>Fri, 06 Nov 2009 23:03:53 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>木村敏　『異常の構造』 / 医学系というよりは哲学系 /博士の異常への愛情 </title>
<description><![CDATA[<p>ISBN-10: 4061157310 精神医学の本で、笠原嘉、中井久夫とくれば木村敏ということらしく、木村敏の中でなかなかに有名で面白いと評判の『異常の構造』を読んだ。1973年出版とかなり古い本である。</p>

<p>一応この人も笠原嘉、中井久夫同様に精神医学にかかわる人であるけど、読んでいてなんだか哲学書を読んでいるような感触であった。<br />
私の勉強不足であるのだが、この木村敏という人は精神医学者であるけど、時間論や関係論で人間の精神や精神医学について語る人で、ハイデガーなどと関連付けて言及されることも多いようだ。<br />
たしかに、笠原嘉や中井久夫の本とはまったく雰囲気の違う本で、「正常」と「異常｣についてひたすら根源的な問いを掘り下げてゆくような本であった。<br />
「正常」と｢異常｣や「合理性」と「非合理性」の概念を言語の意味で分解や分析したり、「一」と「全」の関係と自己の論理として展開するあたりは、もう哲学か言語学か或いは禅みたいな話であった。</p>]]></description>
<link>http://dogu.no-ip.org/archives/2009/11/post_983.php</link>
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<category>本</category>
<pubDate>Thu, 05 Nov 2009 19:17:26 +0900</pubDate>
</item>
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<title>高野文子『黄色い本　―ジャック・チボーという名の友人』</title>
<description><![CDATA[<p>ISBN-10: 4063344886 黄色好きの私だから、ということでもないが、<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4838706138/dogunoiporg-22/ref=nosim">『棒がいっぽん』 </a> <a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4592760166/dogunoiporg-22/ref=nosim">『絶対安全剃刀』 </a>に続いて高野文子の『黄色い本』の感想をば。<br />
<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4838706138/dogunoiporg-22/ref=nosim">『棒がいっぽん』 </a>から8年後の2002年に発売された彼女の本の中では最も新しいもので、2003年に第7回手塚治虫文化賞マンガ大賞を受賞しているらしい。</p>

<p>読む前に、何でも「読書体験を漫画化している」ということを聞いていて、いまいち意味が理解できなかったのだが、確かに読んでみると、これはもう確かに「読書体験そのものを漫画化している」としか言いようがない。<br />
ストーリーは、卒業間際の高校生が図書館から借りた<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4560070385/dogunoiporg-22/ref=nosim">『チボー家の人々』 </a>を読み進んでゆく日々の日常が主人公の少女の目を通して淡々と描かれているだけなのだが、長編小説に没頭する日々の小説内の世界とリアル世界との距離感や関わり、主人公をめぐる色々な事が暖かく表されていて、読書好き、特に純文学好きの長編小説好きにはグッと来る内容であった。<br />
そして、逆に本を余り読まない人にとっては、本好きが没頭して本を読むというのはこういう経験なのかというところがお分かりいただけるだろう。</p>]]></description>
<link>http://dogu.no-ip.org/archives/2009/11/post_981.php</link>
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<category>本</category>
<pubDate>Wed, 04 Nov 2009 19:27:20 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>ロフトでスポイトを買いそうになり、そして睨まれて「ぷぃっ！」とされる</title>
<description><![CDATA[<p>ロフトに行くたびに「スポイト」を買いそうになるのは一体なぜだろう？<br />
特に使う予定も無い、もしあれば何かの役に立つかもしれない、あっても邪魔になるわけでもない、限りなく手ごろな値段の、何処にでも売っているわけではない、それがスポイト。<br />
目的を持たない「物欲のイデア」が純粋な形で結実した結果、私の中で「スポイトを求める」として現実化するのだろう。</p>

<p>ロフトでとても太った女性がレジに並んでいて、見るとも無くぼんやり見ていたら、めっちゃ睨まれて「ぷぃっ！」とされた。<br />
「何や、感じ悪い人やなぁ」と思ったらその人は買うつもりらしい体重計を両手で抱きかかえるようにしてレジに並んでいたようだ。どうやら体重計を買うのが恥ずかしかったらしい。<br />
彼女は家に帰ってお風呂上りに今日買った単行本より少し大きいくらいの体重計に乗って深い溜息をつくのだろう。<br />
そう思った瞬間にちょっと胸がキュンとした。<br />
</p>]]></description>
<link>http://dogu.no-ip.org/archives/2009/11/post_982.php</link>
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<category>日記/雑記/妄談</category>
<pubDate>Tue, 03 Nov 2009 19:02:15 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>高野文子『絶対安全剃刀』 / 「ふとん」はこの世で最も美しいものの一つ、だと思う</title>
<description><![CDATA[<p>ISBN-10: 4592760166　最近、精神病だの自殺直前日記だのひきこもりだのとやたらとヘビーな内容のエントリが続いたので、ちょっとライトに、でも限りなく美しい漫画の紹介である。<br />
先日、高野文子の<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4838706138/dogunoiporg-22/ref=nosim">『棒がいっぽん』 </a>を読んで衝撃を受け、彼女の書いた単行本を全部買ったと書いた。<br />
とは言っても高野文子という人はキャリアのわりに寡作で全部で6冊しかないので集めやすくはあるのだが、その中のこの<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4592760166/dogunoiporg-22/ref=nosim">『絶対安全剃刀』 </a>は1982年に発行された彼女の初の単行本である。</p>

<p>この本は彼女の1977年から1981年までに発表された一作ごとにタッチが違う17作品で構成されている。どの作品もなんとも言えない雰囲気を持っているのだが、私は「ふとん」という作品が飛びぬけて尋常じゃなく大好きである。<br />
登場人物である「少女」と「観音」の会話、「少女」が「観音」に酌をするシーン、どのコマどの台詞をとってもすべて美しい。とてつもなく変なところにヒットして刺激するような美しさである。この『絶対安全剃刀』の「ふとん」はこの世の中で最も美しいもののひとつであると言っても良いと思う位である。</p>]]></description>
<link>http://dogu.no-ip.org/archives/2009/11/post_980.php</link>
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<category>本</category>
<pubDate>Mon, 02 Nov 2009 21:59:01 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>山田花子『自殺直前日記 完全版』 / 自殺企図への抑止力</title>
<description><![CDATA[<p>ISBN-10:4872334191 ネットを見ているとひきこもり系の人々がこぞって我が事のように語り、コアな人気と共感でもって語られることの多い、山田花子の『自殺直前日記 完全版』を読んだ。<br />
24歳の若さで自殺して死んでしまったマイナー漫画家の山田花子の自殺する前日までの日記やメモをその父親が出版したのが1996年で、その後1998年に出版された「完全版」では新たに発見された日記と、読者からの手紙が追加されている。<br />
表紙には葬式の棺桶の写真やら棺桶越しの顔写真まで載っているというなんともぷっとんだ装丁である。<br />
娘が自殺した父親の気持ちってのはもう完全に想像力の範囲外にあるけど、所々に現れる父親の文章は何とか世界に絶望して詩を選んだ娘をとにかくどんな形でも世界に知らしめたいという気持ちがひしひしと伝わってくる。<br />
年間三万人いる自殺者のなかで自殺者の一人に過ぎない山田花子という人物は氷山の一角どころか大河の一滴に過ぎないのだろうが、彼女のような人格が現在の自殺者のある種の典型の一つとして捉えられているのはこの本の影響が大きいのだと思う。<br />
実際、私は山田花子の漫画を読んだことがないのに、ある種のカリスマとしてこの名を知っているのはこの本のおかげであるだろう。</p>]]></description>
<link>http://dogu.no-ip.org/archives/2009/11/post_978.php</link>
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<category>本</category>
<pubDate>Sun, 01 Nov 2009 16:15:25 +0900</pubDate>
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<title>梨木 香歩 『西の魔女が死んだ』/ 女の子的冒険物語 / ターシャ・テューダー解釈 / ひきこもりへの分かれ道  / 反『シンセミア』的物語</title>
<description><![CDATA[<p>ISBN-10: 4101253323 梨木 香歩 『西の魔女が死んだ』を読んだ。<br />
ネットであろうが周りであろうが、どこを見てもこの本を褒める人ばかりでこれをけなすのは人の道に外れるような空気が漂っている。これは「千と千尋の神隠し」の時の空気と似ているような気がする。<br />
一応この本は出版当初は「児童文学」だったはずである。それが売れに売れて映画化までされて一般文学のような扱いになっているということであろう。<br />
確かに本の中に出てくる人物や設定やストーリーや単語はわかりやすくはっきりしており、確かに子供に向けて書かれたのだという印象を受ける。<br />
この 『西の魔女が死んだ』が児童文学としてすばらしいのはよくわかる。しかし、子供の文学は子供が読んで感じたり考えるべきものであって、子供を差し置いて大人中心にうだうだいうものではないはずである。<br />
子供がこの本を読む前に、この本を一般的な文学として読んだ私のようなおっさんの書いた、ひねくれにひねくれた感想を読んでしまえばどうなるだろう。<br />
子供がある本を読む前に大人によって変な先入観を植え付けられるのは、その本がよい本であればあるだけよくないことであるだろう。この本で素晴らしいとされることが受け付けられないと感じる個性もあってしかるべきである。</p>

<p>本来児童文学であったものを大人向きの文学として扱うことは、私のようなひねくれた人間に変な読み方をされる恐れが十分にある。<br />
以下でこの 『西の魔女が死んだ』を最高の悪意でもってひねくれにひねくれた感想を述べればどうなるかの実例を示してみたいと思う。</p>]]></description>
<link>http://dogu.no-ip.org/archives/2009/10/post_977.php</link>
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<category>本</category>
<pubDate>Sat, 31 Oct 2009 19:03:38 +0900</pubDate>
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