2010年02月04日

●パリ、ジュテ~ム??

最近ちょっと「写真」に興味が出てきて、って言っても見るほうであるが、よく写真集を借りてきたり立ち読みしたりで見ることが多い。
日本人からフランス人まで色々な写真家の写真を見ているのだが、フランスの写真にはやたらとキスをしているシーンの写真が多いような気がする。
ロベール・ドアノーのパリ市庁舎前のキスは有名であるが、同じドアノーのこれこれ。それから20世紀を代表する写真家と言われるアンリ・カルティエ=ブレッソンにもこんなのとかこんなのがある。
もうこれはフランスの国民性やね、フランス人どんだけ人目はばからへんねんと。もうお前らは野良犬と同じかと。

しっかし、日本で同じような事やって、「京阪四条南座前のキス」や「阪急梅田ビッグマン前のキス」とかやっても余り様にならんような気がするので、そういう意味では人ごみでキスしてる写真ってのは実にフランスらしい写真なんですな。

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2010年01月29日

●サリンジャー死す / 『ライ麦畑でつかまえて』 / 「ひきこもり」最終形態サリンジャー

amazon ASIN:4560070512 amazon ASIN:4560047642 今日サリンジャーが死んだ。
もしかすると、昨日かもしれないが、私にはわからない。ってその書き出しはカミュ ですね…

ということで、サリンジャーが死んだので私の大好きな本のひとつである『ライ麦畑でつかまえて』 とサリンジャーについて書いてみる。
この『ライ麦畑でつかまえて』 は主人公ホールデン少年がオトナ社会の欺瞞と醜さに耐えられずに社会を拒否し、学校を辞めて寮を抜け出し、家に帰るまでの三日間の独白の物語である。
なんといっても彼の繊細で脆い心から発せられる心の叫びが読みどころと言っていいだろう。
私にとってこのホールデン少年は村上春樹の小説に出てくる「鼠」と同じ方向性の弱さと純粋さと脆さを持つヒーローといってもいいと思う。

この本を主人公のホールデン少年よりも小さい年齢のときに読んで、彼がただ生意気な少年にしか見えず面白くなかった。という話を聞いたことがある。
しかしそれは、ホールデン少年の大人ぶった生意気な態度が実は裏返しの強がりであり、その陰に隠れているとても臆病で繊細で潔癖感の強い感情を読み取れなかっただけであると思う。
若い頃にはただ自分と同じものとして同情程度であったホールデン少年であるが、この年になってみると、自分の回りに滅茶苦茶に痛々しいほど気を使い、インチキとまやかしと欺瞞と嘘に耐えられず、それでも強がっている彼の中に見える弱さと純粋さがとても美しく見えて若い頃よりもより心に迫ってくる。

小さい頃に読んで納得いかなかった、もう大人になった諸氏はもう一度読み返してみてはいかだだろう。
今若者真っ盛りの方も、自分が若者だったことを忘れた方も、脆くて繊細で純粋なホールデン少年の独白に耳を傾けるのは、自分の中にまだ残っているそんな感情を揺り起こしてくれるような気がする。

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2010年01月28日

●『バビル二世』を読む。/漢の中の漢ヨミ、それにひきかえ超ニートの少年バビル二世ときたら…三つのメイドさんに命令だ、ニャー!

amazon ASIN:4253903614 最近はやたらと長い『チボー家の人々』を読み続けているのだが、それと平行して古くて有名だけど読んでいなかった漫画なんぞも買ってきて読んでいる。
最近読んだのは、子供の頃にテレビでやっていたアニメが大好きだった『バビル二世 』である。
超高性能コンピューターに守られたバビルの塔に住んでいるバビル二世がロデム、ロプロス、ポセイドンの三つのしもべと共に、世界征服を企む悪者のヨミと戦う話であるが、アニメ版と漫画版が違うのは当たり前にしても、私は飼っている亀にロデムと名づけようとして「流石に亀にロデムはないわww」と諦めたくらいにロデムが好きだったので、しもべの一人のいつも黒豹の形をしているロデムがバビル二世のことをアニメのように「バビル様」ではなく「ご主人様」と呼んでところにがっかりした。

外で一仕事して来て帰ってきたバビル二世を迎えたロデムが「お帰りなさいませご主人様」などと、もうお前はどこのメイドさんやねん。
このデフレの時代にインフレを起こしている「メイドさん」のような発言をするのが気に食わない。
もうここは「メイド喫茶バビルの塔」で「三つのメイドさんに命令だ、ニャー!」ですかな。

完全自律型のスパコンを備え、ありとあらゆる兵器で武装した難攻不落の砦を本拠地とし、圧倒的な戦力を持つ三つのしもべを従え、次元の違う超能力を持つバビル二世は、一世から受け継いだものだけで戦い、何も改善せず作り出さずバビルの座に収まっているだけである。一代目が家を興し、二代目が母屋を傾け、三代目が潰す、って感じですかな?
いやいやどちらかというとバビル二世はある意味でニートである。実質働いてないしね。
強力なコンピューターに守られて、その居城に誰にも近づけないようなオーラを出して、三つのメイドに命令する、うん、ニートといえなくもない。
「鬱のオーラに隠された カオスな部屋にひきこもる 超ニート少年バビル二世!」てなもんですな。
そういえばこの歌は小学生にとって格好の替え歌の題材だった。「怪鳥ロプロス羽根がない、ポセイドンは泳げない、ロデム短足走れない」って懐かしいなぁ。(遠い目)

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2010年01月23日

●茨木のり子『詩のこころを読む 』 / 詩・おぼえてますか?

amazon ASIN:4005000096 茨木のり子『詩のこころを読む 』を読んだ。
この本は岩波ジュニア新書ということで中高生を主な読者に想定したシリーズの中の一冊であり、日本を代表する詩人である茨木のり子が、詩の初心者に対して「生まれて」、「恋唄」、「生きるじたばた」、「峠」、「別れ」をテーマに自分の好きな詩を載せて解説してみせるという体裁になっている本である。
1979年の発刊から今に至るまで同じペースで売れ続けているロングセラーである。

昔から詩と絵画と写真をちゃんと見てみたかったのだが、ずっとどこから手をつけて良いかわからなかった。
しかし今年ある人に聞いた「芸術を鑑賞するのは個人的なものでしかないから、勉強するより先に触れたほうが良い」という言葉を聴いて、とにかく何かしら反応した写真や絵画や詩に触れてみようと思っている時に、某キノコ先生に教えられて読んでみた。

ちょっと読むたびに自分の中の深くて柔らかい所にヒットする密度の濃さにびっくりである。
どの詩もなぜか懐かしくその詩一つの中にとても大きいあらゆるものが含まれていることが感じられてグッと来る。
「こ、これが詩というものか!」「デカルチャーー!!!」であった。

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2010年01月18日

●リチャード・ドーキンス 『利己的な遺伝子 <増補新装版>』 / 「問うこと」そのものを問う

amazon ASIN:4314010037 リチャード・ドーキンスの『利己的な遺伝子 <増補新装版>』をやっとこさ読み終えた。
私が読んだこの<増補新装版>は1976年の初版から30年目を記念して2006年に出版された第3版にあたるものであり、1989年の2版で追加された12章と13章に加えて、ドーキンス自身による序文と大量の脚注などが追加されている。
この本は去年の部屋の片付け期間に読み始めて部屋を片付けてくたくたになって風呂に入り眠りに落ちるまでの布団の中で読んでいたので、この本の事を書いていると部屋を片付けていた時の事を思い出す。

ネット上でリチャード・ドーキンスと言えば、有名な「ハーマイオニーのエマ・ワトソンとリチャード・ドーキンスはそっくりだー」の以下の画像であるけど、
dawkinsandemma.jpg
(クリックで拡大)
これは実は加工されていたらしくなぜかちょっと残念だった。

今更ながらの今頃になってこの本を読もうと思ったのは、「利己的遺伝子」ではなく「ミーム」に興味を持ったからである。
今となっては生物学だけでなくありとあらゆる方面で言及されて概念として利用される、個人の脳から脳へとあらゆるメディアを通じて文化や知識を伝播させる自己複製子である「ミーム」なる概念であるけど、これはこの『利己的な遺伝子』でリチャード・ドーキンスが初めて提唱したことに端を発している。
最近なんとなく「ミーム」という言葉に興味を引かれていたので、その言葉が生まれることになったオリジナルを読んでみたい。というわけである。

しかしながら、「ミーム」については後半の11章に登場するだけでそれほど重点的に話されているわけではなく、むしろ知ってたつもりであるけどやっぱりあまり良くわかっていなかった「利己的遺伝子」の話に圧倒されてしまったのであった。

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2010年01月12日

●映画:「青い珊瑚礁」 / 意外にグッと来る所帯じみた楽園系漂流記、あるいは思考実験

amazon ASIN:B00174W92U 年末年始に見た映画、多分最後はブルック・シールズが出ている「青い珊瑚礁」(1980)である。
毎日毎日あまりにも寒くて、海と南国が見たくなり、そういえば某氏が紹介していたなぁ。という事で観た。
難破した船から少年と少女が無人島に流れ着き、無人島ですくすくと美しく育った二人はやがて結ばれてうんたらかんたらといういうのがストーリーの大筋である。
その紹介していた某氏もストーリーもクソもあったもんじゃないひたすら開放的な南国系ハダカ映画だ的なことを言っていたこともあり、見る前は私もアイドル映画の一種だと思っていたのだが…

いやしかし、青年が魚を採るために作る銛が「パラライザー」という形状の、岩を突いても壊れにくい上に魚に刺さったらとても抜けにくく傷も少ない、大物は突けないけど小物を突くには最適の故障の少ない銛先だったり、ブルック・シールズがタイドプールで踏んで死にそうなほど寝込む魚がちゃんと猛毒を持つオニダルマオコゼだったりとなかなか細かくちゃんと作ってある。
それに何より、ちゃんと観ていると意外に随所でグッと来るものがあった。

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2010年01月11日

●映画:「モーテル2」 / モーテルがいっぱい? / モーテル・ビギンズ

amazon ASIN:B002DKMS28 年末年始に見た映画、次は「モーテル2」である。
前作の「モーテル」を映画館で見て面白かったのでこの「モーテル2」を見た。
この「モーテル2」は設定として「モーテル」の前の話で、「モーテル」が如何にスナッフフィルム撮影所となったか、というあたりのいきさつがストーリーとなっている。
ようは、モーテル・ビギンズって感じですな。

映画としてはまぁ無難で可もなく不可もなくといったところである。ちょっとばっかりのサスペンスとどんでん返しと残虐シーンとで構成された、よくありそうなサスペンスな映画である。
先に紹介した不思議な作りの「黒いチューリップ」に比べれば端正な出来であるけど、突っ込みどころが少なすぎて逆に「黒いチューリップ」より印象が薄い。
そう考えると、アラン・ドロンがいっぱいだった「黒いチューリップ」は、語り継がれるクソゲーのように、あれはあれでよく出来た映画なのかもしれない。
って「モーテル2」の感想じゃないやん。

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2010年01月10日

●映画:「黒いチューリップ」 / アラン・ドロンがいっぱい? / クソゲーの臭いのする映画

amazon ASIN:B00006JL7V  またしても年末年始に見た映画を紹介。
かのアレクサンドル デュマが原作の、アラン・ドロンが怪盗黒いチューリップとその弟の二役を演じた1964年の「黒いチューリップ」である。
革命を控えた18世紀のフランスを舞台に、大金持ちや貴族から強盗を働く義賊(本人も貴族)である「黒いチューリップ」が活躍する話である。
はずであるが、どう見ても「黒いチューリップ」がただのごろつきや盗賊にしか見えない。強盗される貴族は殺さないけどその護衛の兵士は殺すって無茶苦茶やん。
それから、昔の映画に良くありがちなのだろうか、やたらと同じ音楽を使いまわしていて耳に残ってしょうがなかった。

アラン・ドロンが馬とじゃれてるだけとかのストーリと何の関係もない「これはいらんやろ?」ってシーンがやたらと多い。
ムム…これはひたすらアラン・ドロンを露出するアイドル映画なのであろう。そういえばアラン・ドロンはいたるところで無駄に胸はだけてるし。
アラン・ドロンが好きな人には「きゃーっ!」とたまらんのでしょうな。

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2010年01月09日

●映画:「潮騒」 / 色々な物を飛び越える物語 / 百恵ちゃんは映画界の核融合

amazon ASIN:B00005HN1F この映画は某ゴラリ氏に、かの有名な嵐の夜に小屋の焚き火を飛び越えるシーンの「飛び越えて来いよっ!」しか覚えてない。と聞いて笑ってから、ずっと前からその該当シーンを観たくて観たくてしょうがなかったのだが、この年末年始にやっと観ることができた。

三島由紀夫の原作ははるか昔に読んだ事があって、その小屋でのすっぽんぽんシーンはかすかに記憶に残っており、件の「飛び越えて来いよっ!」は焚き火のシーンですっぽんぽんの百恵ちゃんがすっぽんぽんになった三浦友和に言う言葉であるが、私はこのシーンが二人が結ばれる映画のクライマックスに来るのだと思っていた。
しかしながらこのシーンはほとんど序盤であり、本当の映画はそれ以降から始まるのであった。

私の中でのそのクライマックスシーンは序盤で終わったけど、それ以降はずっと結ばれることを誓い合った二人が社会や家からもたらされるさまざまな障害を「飛び越えて」本当に社会的に認められて結ばれるまでの苦難を淡々と描く、意外に渋い作りの映画であった。
たしかに、序盤の「焚き火ジャンプ」は色々な障害を飛び越えることがテーマであるこの映画を象徴していたような気がするなぁと。
ある意味では敵を倒さずにひたすら飛び越えてゆくナムコのゲーム「パックランド」のようでもあった。

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2010年01月08日

●極寒の夜の燃やす書類で焼き芋&スイーツ(w

そういえば、2009年最期のカフェ土偶は「極寒の夜の燃やす書類で焼き芋&スイーツ」であった。

部屋の片付けによって大量に出た、シュレッダーするには量が多すぎる、いらなくなったちょっと重要だった個人情報満載な書類を大量に燃やしたのだ。
夜の琵琶湖岸を煌々と赤く照らす炎はホイルに包んだサツマイモをいい具合の焼き芋にしてくれた。

寒風吹きすさぶ中、書類で焼いた芋を食べ、買って来たプリンやケーキを食べながらコーヒーを飲んだが、余りにも寒いのでコーヒーを沸かしても飲んでいるうちにすぐに冷たくなり、イチゴ味プッチンプリンは冷奴のような、チーズケーキは雪だるまのような味がした。
EPIのガスランタンとガスストーブのブタンがほとんど気化せず、暗いやらお湯は沸きにくいやらで参った。これはもう寒すぎた。
というかむしろ凍え死ぬかと思った。まさに「寝たら死ぬぞ状態」とも言えよう。
こんな時こそ最近使ってないコールマンの手動ポンピング式のガソリンストーブの出番やなぁと帰ってから思った。

私は見た目はただのおっさんであるが、実はむっつりスイーツたる私であるので、プリンやケーキを食べながらこの大量の書類が炎に焼かれてちゃんと確実に真っ黒な灰になって燃え尽きてゆくのを見届けていた。
寒さで遠くなりそうな意識の中、目にする度に記憶の深いところをかすかに刺激する見覚えのある書類たちが次々と灰になって行くのを見ていると、やっと部屋の片づけが終わったという実感が沸々とわいてきた。うん、俺って今まで色々頑張って来たよ。
なんというか、ちょっとした遺品を燃やして処分しているような気分ですらあった冬の夜の焚き火であった。スイーツ

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