2009年11月06日

●酒井保 『自閉症の子どもたち 心は本当に閉ざされているのか』 / 治療者と教育者 / 自閉症症から「人」を見る

amazon ASIN:4569617077 先日このブログに書いた笠原嘉『精神病』の感想にキノコ先生がコメントを下さって、笠原嘉『精神病』がおもしろいならこの本も読んでみるがよい。とおっしゃるので「喜んで!」と読んでみた。

2001年出版とちょっと古めの本であるけど、長年自閉症の子どもたちと治療者としての立場でかかわって来た著者による、サブタイトルである「心は本当に閉ざされているのか」という問いに「自閉症」とは心を閉ざして人との関わりを拒否してしまったのではなく、心を開いて触れ合いたいけど他人が怖いから可防衛になっている状態と捉えたうえで、自閉症とは何が起こっているのか、どう接すればいいのか、という事について書いてある本であった。
本来は自閉症児の親やら兄弟やら学校の人やら、自閉症児となんらかの関係者である人たちをメインターゲットにしているようであるが、自閉症とは何の接点もない私が読んでも、一気に全部読ませるだけのものを持つ全編が温かいトーンで貫かれた本であった。

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2009年11月05日

●木村敏 『異常の構造』 / 医学系というよりは哲学系 /博士の異常への愛情

amazon ASIN:4061157310 精神医学の本で、笠原嘉、中井久夫とくれば木村敏ということらしく、木村敏の中でなかなかに有名で面白いと評判の『異常の構造』を読んだ。1973年出版とかなり古い本である。

一応この人も笠原嘉、中井久夫同様に精神医学にかかわる人であるけど、読んでいてなんだか哲学書を読んでいるような感触であった。
私の勉強不足であるのだが、この木村敏という人は精神医学者であるけど、時間論や関係論で人間の精神や精神医学について語る人で、ハイデガーなどと関連付けて言及されることも多いようだ。
たしかに、笠原嘉や中井久夫の本とはまったく雰囲気の違う本で、「正常」と「異常」についてひたすら根源的な問いを掘り下げてゆくような本であった。
「正常」と「異常」や「合理性」と「非合理性」の概念を言語の意味で分解や分析したり、「一」と「全」の関係と自己の論理として展開するあたりは、もう哲学か言語学か或いは禅みたいな話であった。

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2009年11月04日

●高野文子『黄色い本 ―ジャック・チボーという名の友人』

amazon ASIN:4063344886 黄色好きの私だから、ということでもないが、『棒がいっぽん』 『絶対安全剃刀』 に続いて高野文子の『黄色い本』の感想をば。
『棒がいっぽん』 から8年後の2002年に発売された彼女の本の中では最も新しいもので、2003年に第7回手塚治虫文化賞マンガ大賞を受賞しているらしい。

読む前に、何でも「読書体験を漫画化している」ということを聞いていて、いまいち意味が理解できなかったのだが、確かに読んでみると、これはもう確かに「読書体験そのものを漫画化している」としか言いようがない。
ストーリーは、卒業間際の高校生が図書館から借りた『チボー家の人々』 を読み進んでゆく日々の日常が主人公の少女の目を通して淡々と描かれているだけなのだが、長編小説に没頭する日々の小説内の世界とリアル世界との距離感や関わり、主人公をめぐる色々な事が暖かく表されていて、読書好き、特に純文学好きの長編小説好きにはグッと来る内容であった。
そして、逆に本を余り読まない人にとっては、本好きが没頭して本を読むというのはこういう経験なのかというところがお分かりいただけるだろう。

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2009年11月03日

●ロフトでスポイトを買いそうになり、そして睨まれて「ぷぃっ!」とされる

ロフトに行くたびに「スポイト」を買いそうになるのは一体なぜだろう?
特に使う予定も無い、もしあれば何かの役に立つかもしれない、あっても邪魔になるわけでもない、限りなく手ごろな値段の、何処にでも売っているわけではない、それがスポイト。
目的を持たない「物欲のイデア」が純粋な形で結実した結果、私の中で「スポイトを求める」として現実化するのだろう。

ロフトでとても太った女性がレジに並んでいて、見るとも無くぼんやり見ていたら、めっちゃ睨まれて「ぷぃっ!」とされた。
「何や、感じ悪い人やなぁ」と思ったらその人は買うつもりらしい体重計を両手で抱きかかえるようにしてレジに並んでいたようだ。どうやら体重計を買うのが恥ずかしかったらしい。
彼女は家に帰ってお風呂上りに今日買った単行本より少し大きいくらいの体重計に乗って深い溜息をつくのだろう。
そう思った瞬間にちょっと胸がキュンとした。

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2009年11月02日

●高野文子『絶対安全剃刀』 / 「ふとん」はこの世で最も美しいものの一つ、だと思う

amazon ASIN:4592760166  最近、精神病だの自殺直前日記だのひきこもりだのとやたらとヘビーな内容のエントリが続いたので、ちょっとライトに、でも限りなく美しい漫画の紹介である。
先日、高野文子の『棒がいっぽん』 を読んで衝撃を受け、彼女の書いた単行本を全部買ったと書いた。
とは言っても高野文子という人はキャリアのわりに寡作で全部で6冊しかないので集めやすくはあるのだが、その中のこの『絶対安全剃刀』 は1982年に発行された彼女の初の単行本である。

この本は彼女の1977年から1981年までに発表された一作ごとにタッチが違う17作品で構成されている。どの作品もなんとも言えない雰囲気を持っているのだが、私は「ふとん」という作品が飛びぬけて尋常じゃなく大好きである。
登場人物である「少女」と「観音」の会話、「少女」が「観音」に酌をするシーン、どのコマどの台詞をとってもすべて美しい。とてつもなく変なところにヒットして刺激するような美しさである。この『絶対安全剃刀』の「ふとん」はこの世の中で最も美しいもののひとつであると言っても良いと思う位である。

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2009年11月01日

●山田花子『自殺直前日記 完全版』 / 自殺企図への抑止力

amazon ASIN:4872334191 ネットを見ているとひきこもり系の人々がこぞって我が事のように語り、コアな人気と共感でもって語られることの多い、山田花子の『自殺直前日記 完全版』を読んだ。
24歳の若さで自殺して死んでしまったマイナー漫画家の山田花子の自殺する前日までの日記やメモをその父親が出版したのが1996年で、その後1998年に出版された「完全版」では新たに発見された日記と、読者からの手紙が追加されている。
表紙には葬式の棺桶の写真やら棺桶越しの顔写真まで載っているというなんともぷっとんだ装丁である。
娘が自殺した父親の気持ちってのはもう完全に想像力の範囲外にあるけど、所々に現れる父親の文章は何とか世界に絶望して詩を選んだ娘をとにかくどんな形でも世界に知らしめたいという気持ちがひしひしと伝わってくる。
年間三万人いる自殺者のなかで自殺者の一人に過ぎない山田花子という人物は氷山の一角どころか大河の一滴に過ぎないのだろうが、彼女のような人格が現在の自殺者のある種の典型の一つとして捉えられているのはこの本の影響が大きいのだと思う。
実際、私は山田花子の漫画を読んだことがないのに、ある種のカリスマとしてこの名を知っているのはこの本のおかげであるだろう。

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2009年10月31日

●梨木 香歩 『西の魔女が死んだ』/ 女の子的冒険物語 / ターシャ・テューダー解釈 / ひきこもりへの分かれ道 / 反『シンセミア』的物語

amazon ASIN:4101253323 梨木 香歩 『西の魔女が死んだ』を読んだ。
ネットであろうが周りであろうが、どこを見てもこの本を褒める人ばかりでこれをけなすのは人の道に外れるような空気が漂っている。これは「千と千尋の神隠し」の時の空気と似ているような気がする。
一応この本は出版当初は「児童文学」だったはずである。それが売れに売れて映画化までされて一般文学のような扱いになっているということであろう。
確かに本の中に出てくる人物や設定やストーリーや単語はわかりやすくはっきりしており、確かに子供に向けて書かれたのだという印象を受ける。
この 『西の魔女が死んだ』が児童文学としてすばらしいのはよくわかる。しかし、子供の文学は子供が読んで感じたり考えるべきものであって、子供を差し置いて大人中心にうだうだいうものではないはずである。
子供がこの本を読む前に、この本を一般的な文学として読んだ私のようなおっさんの書いた、ひねくれにひねくれた感想を読んでしまえばどうなるだろう。
子供がある本を読む前に大人によって変な先入観を植え付けられるのは、その本がよい本であればあるだけよくないことであるだろう。この本で素晴らしいとされることが受け付けられないと感じる個性もあってしかるべきである。

本来児童文学であったものを大人向きの文学として扱うことは、私のようなひねくれた人間に変な読み方をされる恐れが十分にある。
以下でこの 『西の魔女が死んだ』を最高の悪意でもってひねくれにひねくれた感想を述べればどうなるかの実例を示してみたいと思う。

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2009年10月30日

●『ひきこもりの家族関係』 / 斎藤環のマジメさが逆にわかった

amazon ASIN:4062720558 ひきこもり本として斎藤環のものばかり読んでいたので、ちょっとほかの人の本も読まねば、ということでそこそこ評価の高いようである田中千穂子『ひきこもりの家族関係』を読んだ。
この人はセラピスト的心理療法家ということで、立場的には斎藤環に近く、精神科医ではない。この本の趣旨として「ひきこもりという状態像の実態を解明する、あるいは概説をする、とうことでも、対処のための攻略本でもない」と言い切って、ひきこもり問題を人間存在の原点にかかわる深刻な問題で、現代の家族関係のコミュニケーションのズレの象徴として、関係性の再生とそのための問題定義と捉えて話を展開している。

著者が女性であるせいか、この本の具体例として登場するのは彼女のクライアントである女性のひきこもりの話がほとんどである。
しかし実際にはひきこもり現象はほとんど八割が男性の場合だといわれており、たしかにひきこもり女性はひきこもり男性とはだいぶ印象が違うように思えた。
しかしこれら女性の事例ばかりを集めたのは、特殊な事例としてのひきこもり女性についての話としてならば納得できるが、ひきこもりとしては特殊な事例ばかりを扱ったということになってしまい、ひきこもり一般としての資料的価値と意義はあまり無いように思うのだがどうなのだろう?

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2009年10月29日

●『私がひきこもった理由』 / ひきこもりはカオスであることを知る本/ リアルひきこもりブッダ

amazon ASIN:4893083988 私の敬愛する勝山実氏がインタビューに答えているということで『私がひきこもった理由』を読んだ。2000年出版と結構古い本である。
この本は15人のひきこもり経験者や実践者の諸氏がインタビューに答える形で自分語りをする体裁になっているのだが、期待していた勝山実氏のインタビューは期待していた方向には面白くなかった。それでも現在「ひきこもり名人」「ひきこもりブッダ」の境地にいる彼に、過去にああいった修羅場フィールドに囲まれていた時代があったというのは驚きである。「ひきこもり名人」は最初から「ひきこもり名人」なのではなく、さまざまな修羅場と修行を潜り抜けた先に戦士の魂が眠るというヴァルハラのごとく見えてくるものであるということか。

この本にいる15人の人たちは多種多様の環境から多種多様の原因があったりなかったりして同じ「ひきこもり」状態に陥った。
ここに何かしらの共通点を見つけることは確かに可能なような気がするけど、それをいれば全ての人間に当てはまってしまうのではないだろうか、結果、ひきこもりは誰にでも起こってしまう要因をはらんでいると結論付けるしかないように思えた。ケーススタディではなくカオスであることを知るのである。

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2009年10月28日

●笠原嘉 『軽症うつ病』 / ゼロからわかる「軽症うつ病」だけに留まらない深度

amazon ASIN:4061492896 最近お気に入りの人である笠原嘉の『軽症うつ病』を読んだ。ピンからキリまで、ちゃんとしたものからトンデモまで、世の中にいくらでもある「うつ病」に関する本の中では正統派の王道としてなかなかに評判が高い本のようである。
精神医学系の本というのは一般的には人気があっても臨床や治療の現場ではまったく役に立たないものが多いというけど、この本はうつで病院に行った時に医者から薦められることも多いらしく、一般的にも専門家からも評価の高い本ということになるだろう。

「うつ病」が起こるのは脳に原因があるものと心理的な悩みから起こるもの、そしてわけもなくある日に突然スイッチが入るような「内因性のゆううつ」があるらしく、この本では主に最後の「内因性のゆううつ」に端を発する、本の題名である「軽症うつ病」について書かれている。
「軽症うつ病」というとちょっとしたライトなプチうつな印象を受けるけど、何とか日常生活は可能でありながらも他人には病気と見えないだけに、常に真綿で首を絞められてゆくような、本人にとっては一番つらい状態であるようだ。

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